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ブログ

2012年09月12日

研究をする上で大切にしている三つの軸

小笠原 彬 マスター21/2010年度採用 奨学期間: 2010年4月~2012年3月
奨学期間中の在籍大学: 慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程
現所属: 田辺三菱製薬株式会社

(おがさわら あきら)神奈川県横浜市出身。2010年、慶應義塾大学応用化学科卒業。2012年、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了。2012年、田辺三菱製薬株式会社入社。現在、創薬の初期段階に関わる研究を行っている。

吉田育英会には、様々な“点”を背景に持つ人達が集まっています。しかも、その点を繋げられる機会がたくさん用意されています。今後も他の奨学生との交流を通じて、多くの“線”を結んで大きな輪を描きたいと思います。

私は2010年から2年間に渡り、吉田育英会からマスター21奨学生として支援を頂きました。ここでは、吉田育英会での経験や自身の研究活動を踏まえて、私が重要だと感じている事を皆さんに三つお話したいと思います。

(1) 他分野と交流する大切さ
「発明をする上で大切なのは、点と点を繋げる事だ」と語った人がいます。アップル社の創業者、スティーブ・ジョブズ氏です。ジョブズ氏は大学中退を決意した後、興味本位でカリグラフィー(西洋書道)の授業を受けました。それが、様々な書体デザインを持つ今のパソコンを生むきっかけであったといいます。書道と工学……この二つの独立した“点”を“線”にした事が、新しいものを生む力になったといえるでしょう。最近読んだ本でも、著名なサイエンティストであるレオナルド・ガレンテ氏が次のような事を述べていました。「生物系に進んだ際に大学で学んだ有機化学は無駄になったと思ったが、ベンチャー創薬に携わる上で、その時の経験が活きている」と。
吉田育英会には、様々な“点”を背景に持つ人達が集まっています。しかも幸いな事に、黒部の研修旅行や隅田川花火大会など、その点を繋げられる機会がたくさん用意されています。自分自身、他の奨学生の方と話す事はとても刺激になりました。自分の専攻に近いようで縁の少ない「生物物理」という分野に興味を抱いたのは、こうした他の奨学生の方との交流がきっかけです。今後も吉田育英会の行事にはなるべく参加し、多くの“線”を結んで大きな輪を描きたいと思います。

(2) 粘り強くやる事の大切さ
2012年にご定年退職された杉山雄一教授は、紫綬褒章も受賞された大変高名な方です。直接お会いした事はありませんが、薬の副作用を避ける上で欠かせない『薬物動態学』の権威として広く知られています。特に製薬企業で働いていると、杉山雄一先生の提唱された概念が創薬の場に多大な影響を及ぼしている事を痛感します。そこまで高名な方ならば、学生時代から順風満帆な研究生活を過ごされていたのだろうと私は想像していました。そのため、コラムの中で「16~30歳の間、人生の目的が見つからず自律神経失調に陥り大いに悩んでいた。研究生活も前向きではなかった」と記されていたのを見て、非常に衝撃を受けたのを覚えています。
多くの吉田育英会のOB・OGの方が記されているように、研究活動には悩みがつきものです。それは、研究が失敗したり、同僚や後輩の方がいい結果を出したり、指導教授と研究の方針が合わずに対立したりと人によって千差万別だと思います。しかし、そこで大事なのは「腐らずに粘り強くやる事」です。今が順調ではなくても、それを今後10年・20年と引きずらなければならないわけではありません。スタートでつまずいても100m走で一位になる人はいます。私はこの杉山雄一教授のコラムに勇気をもらいました。これから研究に勤しむ奨学生の方や奨学金志願者の方にも紹介したいなと思い、ここに記させて頂きます。

(3) バランスを取ることの大切さ
黒部の研修旅行で最も印象に残っているのは、YKK創業者である吉田忠雄氏のノートでした。材料の原価推移の予測等が、非常に丁寧な形でグラフや表にまとめられていたからです。その時は「非常に几帳面な方」という印象を抱きました。一方、当時日本に普及していなかったチェーンマシンを独自購入してファスナーの製造を行うなど、大胆な面も兼ね備えていた方だったのだと思います。個人的な意見で恐縮ですが、この“几帳面さ”と“大胆さ”がバランスよく組み合わさっている所が、吉田氏が経営者として成功した一因ではないかと考えています。
この『バランスを取る』という事は、私が最も大事だと感じている事です。「仕事と家庭」、「勉強と運動」等がよく挙げられますが、他にも当てはまることは沢山あります。例えば体内のタンパク質は増えすぎても減りすぎても病気に繋がってしまいますし、睡眠時間は長すぎても短すぎても体によくありません。
また、研究の進め方においても同様にバランスが大切です。例えば、数式モデルや統計処理等を用いて“複雑”な解析を行う事が重要な時がある一方で、一歩視点を引いて“シンプル”な解釈をする事が重要な発見に繋がる時もあります。二重らせんで有名なDNAは、その構造が明らかになる前に「三重らせんではないか?」と考えられていたそうです。しかし「細胞とともに染色体も2倍に増えるという点を考慮すると、遺伝分子を構成する要素は3より2の方が好ましいと思われた」と、二重らせんモデル提案者のジェームス・D・ワトソンは語っています。情報が多く物事が複雑になりがちな現代において、「シンプルな発想が真理を反映していた」というこの話が私は好きです。複雑な専門性を追究すると共に、自然の中に潜むシンプルな根本原理に気付けるような広い視野を養いたいと思います。

以上、雑多ではありますが、自分が研究を進めていく上で大事だと感じている事を三つ記させて頂きました。このような考えを抱くようになったのも、吉田育英会の支援により、思う存分研究に没頭する事ができたからではないかと思います。年月とともに多少変化はしていくと思いますが、自分が研究を進めていく上で大事にしたいと思える軸が育めた事は大きな財産だと感じています。この場を借りて御礼申し上げます。

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