印刷する

ブログ

2011年09月02日

吉田育英会カーターセンター奨学生レポート

新田 周子 カーターセンター/2009年度採用 奨学期間: 2009年9月~2010年8月
現所属: 特定非営利活動法人ハビタット・フォー・ヒューマニティ・ジャパン

(にった しゅうこ) 国際基督教大学院行政学で平和学を修了後、吉田育英会カーターセンター奨学生としてカーターセンターDevelopmentオフィスにてファンドレイザーとして勤める。カーターセンターでは主に中東とアジア圏のドナーへの、ファンドレイジングを担当する。2011年よりはHabitat for Humanity Japanに勤務し、震災後国内災害対策チームのプロジェクトコーディネーターとして、被災地と東京を往復する日々を送る。

自分の将来のことを考えて、リスクがある道かもしれないけれど、それでも自分にできることを精一杯努力し、世界のどこかで誰かの役に立てるならと思えたなら、勇気を持ってカーターセンター奨学生に応募してください。

○カーターセンター体験談~ファンドレイジング~
ファンドレイジングとは日本語では聞きなれない言葉で、NGOやNPOにおいての資金調達のことを意味します。NGOとNPOは非営利組織であるために、個人や企業、政府や財団からの支援金で運営されています。カーターセンターも国際NGOの一つであり、ファンドレイジングは組織運営の重要な一部です。吉田育英会奨学生として選出頂いた際、私はフィールドスタッフとして所属するよりも、ファンドレイザーとして組織運営を学ぶことを希望いたしました。カーターセンターはNGOでありながら、年間何億円もの支援金を集め、世界規模でのオペレーションを可能にしています。そうした組織力こそ私がアメリカに本部のある国際NGOで学びたいと志したことでした。センターでは、個人ドナーのみならず、対企業や政府のファンドレイジングにも携わらせて頂きました。特にセンター唯一の日本語話者ということから、東アジアのファンドレイジングを一任して頂き、香港や東京でのドナーミーティングにも企画から交渉まで経験させて頂くことができました。対中東ドナーのファンドレイジングは、カーター大統領が直接赴かれることも多く、大統領がお読みになる資料作成などにも携わらせて頂きました。

このようにお伝えすると、国際貢献の道とは程遠いような印象があるかもしれません。私も同様に自分が学んでいることが、困っている人のためになっているのか、自問自答した時もありました。そんな時カーターセンターの国際会議にて、アフリカのフィールドで実際に人々と向きあっている、アフリカ人のスタッフから、「今年もまたこうして多くの人に薬を届け、命を救う助けとなれたのは、ファンドレイジングのチームのおかげです。彼らの努力のおかげで、私は何の心配もなく、直接現地の人々のことを考えることができます。」と感謝の意を述べられました。それを聞いたとき、カーターセンターのファンドレイザーであることを、誇りに思いました。ファンドレイザーはただお金を集めるだけの役割を担っているわけではありません。市民社会に対しては紛争や疾病に苦しむ人への関心を高め、企業や政府に対しては彼らの持つ影響力が、世界のためにどう使わるべきか、啓蒙を与えているのです。そうして共感して下さった皆さんと共に、世界で困っている誰かのために活動するのが、ファンドレイザーだと思っています。

○アトランタとカーターセンター
カーターセンターのあるアトランタはニューヨークやロサンゼルスとは全く異なり、本当のアメリカであるように思えました。黒人と白人が半数ずつほどで、初めて空港に降り立った時にすぐにそれを実感しました。この街でキング牧師が生まれ、カーター大統領がいらっしゃることを思った時、ジョージア州という土地がとてもポジティブなエネルギーに包まれていると感じました。ある時大統領にこういう質問をしたことがあります。カーターセンターのスローガンである「waging peace, fighting disease, building hope」のbuilding hope(希望を建てる)のために大統領は何を心に留めて活動されているのかと。すると大統領は「誰にも私と同じように父がいて、母がいる。言葉や文化が違っていても、そうして同じことを分かち合っているのだから、そこから繋がることができると信じています。」とおっしゃいました。このカーター大統領やキング牧師を生んだのが、ジョージア州なのだと思います。

カーターセンターの内部は、諸外国からの要人を迎えるため、とても素晴らしい建物です。2009年11月、大統領の85歳のお誕生日に合わせてリニューアルされた博物館も、大変すばらしく、観光客や社会科見学の学生さんが訪れます。アトランタの街は東京の気候によく似ていて、湿度もそれなりにあり、植物は日本と似た草花が咲きます。カーターセンターにも美しい日本庭園があり、春には桜並木が満開になります。アトランタの街に出ればオリンピック記念公園やコカコーラ博物館などがあり、6-8車線のハイウェイが街を通っています。週末には友人たちや時には一人でよく旅をし、ジョージア州の美しい自然を楽しみました。南北戦争で燃え尽きた街アトランタは、時を経て、素晴らしい指導者と共に、平和を生み出す街へと成長し続けているのだと思いました。

○カーターセンター奨学生を志す皆さんへ
私は帰国子女でも、海外の大学で教育を受けたわけでもありません。そんな私がカーターセンターに行かせて頂けたのは、今でも夢のようです。この話をするのは、皆さんの中に自分が今置かれている環境が不利だと思っている方も、いるかもしれないと思ったからです。目をつぶり、自分の将来のことを考えて、リスクがある道かもしれないけれど、それでも自分にできることを精一杯努力し、世界のどこかで誰かの役に立てるならと思えたなら、恐れず応募して欲しいと思います。吉田育英会は、そうした若いリーダーの味方となって下さいます。カーターセンターのインターンは沢山いらっしゃいますが、吉田育英会インターンとカーター大統領に申し上げると、「それはよく来てくれた!」とねぎらって下さるのは、吉田育英会のインターンだからこそです。

現在はHabitat for Humanity というアトランタに本部のある国際NGOの日本支部で勤務しています。このNGOはカーター大統領と深い関わりのあるNGOで、このたびの東日本大震災の国内支援対策チームコーディネーターとして抜擢されたのも、カーターセンターでの経験と、カーターセンターの上司の後押しがあったからでした。月に何度も被災地を訪れる生活が震災以後続いていますが、こうした生活もカーターセンター奨学生に応募する前には、予想もしないことでした。国際チームが現地に入る中で、数少ない日本人スタッフとして今もなお支援を待つ被災者の皆さんと、支援をしたいドナーやHabitat for Humanityのチームを繋ぐ役割を担うことができるのは、カーターセンターで学び、経験したからこそなのです。どうぞ皆さんの輝く個性を、一人でも多くの方に届けるため、勇気を持って吉田育英会カーターセンター奨学生にご応募下さい。


カーター大統領夫妻と

インターンの仲間と

本記事はコメントが許可されておりません。

※寄稿者の状況および記事の内容は、特に記載のない限り、掲載日時点のものです。