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2016年01月15日

マスター21を通して私が考えたこと、そして、これから奨学生になる皆さんに伝えたいこと

高橋 良輔 マスター21/2011年度採用 奨学期間: 2011年4月~2013年3月
奨学期間中の在籍大学: 名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士前期課程
現所属: 名古屋大学大学院多元数理科学研究科(日本学術振興会特別研究員(PD))

(たかはし りょうすけ)静岡県出身。2011年3月名古屋大学理学部数理学科卒業。同年4月、名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士前期課程に入学。2013年3月、同課程卒業。同年4月、名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程に入学(日本学術振興会特別研究員(DC1))。2015年3月に学位(数理学)を取得。現在は日本学術振興会特別研究員(PD)として同研究科に勤務。研究テーマは「複素多様体の安定性問題」。与えられた偏極多様体上に標準計量が存在するための必要十分条件を、幾何解析的・代数幾何的視点から研究している。

最初から自分一人の力で研究して、結果が出せればそれに越したことはありません。しかし、大多数の人はそうではないと思います。大切なのは「自分が奨学生に選ばれたと仮定して、2年後に自分が立てた目標を達成できるかどうか」です。マスター21の応募を考えている人は、自分の可能性を信じて応募してください。


ある日のセミナー風景

採用に至るまでの経緯

私がマスター21に応募しようと決めたきっかけは、家族が偶然ホームページを見てそれを発見したことでした。まだその当時、私は学部4年生であり、事務作業のノウハウも一切知らなかったので、指導教官に推薦状を依頼したり、応募書類を書いたりするだけで一苦労したのを覚えています。面接はかなり緊張して臨みましたが、面接官の方々から「結婚相手はいますか?」とか「趣味は何ですか?」といった面白い質問をして頂いたので、始終和やかなムードでした。きっと、数学者には変人が多いので、それを確かめるうえでこのような質問をしたのでしょう。しかし、肝心の専門分野についての質問には上手く答えることができず、手応えは薄かったです。そういうわけで、数ヶ月後に採用通知が手元に届いたときは、驚きと喜びでいっぱいになったことをまるで昨日の出来事のように覚えております。



採用後の研究活動について

マスター21奨学生になると経済的な面で大きな潤いが得られるわけですが、私がそれ以上に嬉しいと思ったのは、心と時間にゆとりができたことです。この空いた時間を使って、私はたいてい自然の中を散歩するか、サイクリングをするか、家の中をウロついていました(ただし、休日に家の中をウロウロしていると家事を手伝わされるので、そのときは喫茶店に逃げるのがベストです)。これらの行為は一見すると時間を無駄にしているように思われがちですが、実はそうしたことをしながらも頭の中では数学の問題を考えているのです。
数学をはじめとする自然科学系の学問では、自然に属する様々な対象を取り扱い、その法則性を解明することを目的としています。例えば、物理学者のアイザック・ニュートンは、木から落ちるリンゴを見て万有引力の法則を発見したという有名な逸話があります。この話の真偽のほどはともかくとして、少なくともニュートンが人並み外れた直観力を持っていたことは事実だと思います。数学、特に私の専門分野の幾何学では、高次元の捩れた複雑な図形を研究するために、直観力を駆使しながら図形を切ってみたり、貼り合わせてみたり、別の図形に埋め込んでみたりと、1つの図形を多角的な視点から捉える柔軟な発想が求められます。こうした直観力を鍛えるためには、自問自答を何度も頭の中で繰り返し、問題意識を高める必要があります。その一方、私たちの生きる現代社会は多くの人工物やノイズに溢れており、リンゴの木を見つけるだけでも大仕事です。仮に木からリンゴが落ちる瞬間を見れたとしても、心にゆとりが無ければ、「どうして落ちるのか?」などと考えることすらしないでしょう。
私が伝えたいのは、自由な時間にじっくりと思慮に耽るという行為は決して無駄ではないということです。もちろん、研究形態は分野によって千差万別ですし、特に実験系は土日出勤も珍しいことではなく、余暇を作ること自体が難しいかもしれません。しかし、そんな時こそあえて一歩立ち止まる勇気を持つことができれば、今までの思考が整理され、物事の本質を的確に捉えることができるようになります。そして、やがては新たな発見に繋がります。私は幸いなことにマスター21奨学生に選ばれ、茫漠とした時間を数学的な思想活動に充てることができました。そこで生まれた多くの考えや疑問は、私の後期過程への進学を後押しし、現在の私を創り上げたのだと確信しております。


なぜ私が奨学生に選ばれたのか

私は特に聡明というわけではなく、優秀な学生でもありませんでした。面接当時もこれといった目標はなく、大学院に進学するかどうかさえ悩んでいました。選ばれて間もない頃は、私は自分が選ばれた理由は単に運が良かったからだと思っていましたが、面接官を務めていらっしゃった先生が、奨学生表彰式の一幕にて、「将来性があると感じたので君たちを選びました」と力強く言ってくださいました。私は今でもそれを鮮明に覚えています。私は自分が優秀でないという自覚があったので、修士2年間は人一倍努力をしました。その結果、私が理想とするマスター21奨学生像に僅かながらも近づくことができたと思います。精神的につまづきかけたことは何度もありましたが、家族や大学関係者の方々、そして、吉田育英会の方々からの温かなサポートがあったからこそ、自分の可能性を信じて最後までやり遂げることができたのだと思います。
最初から自分一人の力でバリバリ研究して、結果が出せればそれに越したことはありません。しかし、大多数の人はそうではないと思います。大切なのは、「自分が奨学生に選ばれたと仮定して、2年後に自分が立てた目標を達成できるかどうか」です。そういうわけですので、マスター21の応募を考えている人は、応募時点で研究業績が無かったとしてもあまり悲観的にならずに自分の可能性を信じて応募してみてください。


最後に

吉田育英会ファミリーの皆さんは、どなたも優秀で人格的にも優れた方たちばかりです。私は、様々な分野の第一線で活躍する研究者の方々と触れ合うことで、新たな刺激を受け、自分の考えの幅を広げることができました。こうした横への人脈を作る機会は滅多にありませんので、やがて自分にとってかけがえのない大きな財産となります。私もマスター21奨学生の名に恥じぬよう、これからも引き続き研究に精進したいと考えております。

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