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2018年08月30日

ドクター21奨学生卒業から十年にあたって

松本 剛史 ドクター21/2005年度採用 奨学期間:2005年4月~2008年3月
奨学期間中の在籍大学:東京大学大学院工学系研究科 電子工学専攻 博士課程
現所属:石川工業高等専門学校電子情報工学科 准教授
(まつもと たけし)
2003年、東京大学工学部電子工学科卒業。2005年、東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻修士課程修了。2008年、同専攻博士課程修了。2008年~2014年、東京大学大規模集積システム設計教育研究センター助教。2014年、石川工業高等専門学校電子情報工学科に講師として着任。2015年より准教授。在学中より、大規模集積回路の設計支援の研究を行っており、特に、回路の論理的な正しさを確かめる検証手法、誤りのある回路を修正するデバッグ支援手法の研究開発に従事している。高専赴任後は、回路教育のための教材開発にも力を入れている。

博士課程では、なにごとにも積極的に取り組み、多くのことを経験することをお勧めします。博士課程の学生は、自分で研究を企画して進めることが求められるようになるという点で、一人前の研究者に向けて歩み出す頃に当たると言えます。この時期に経験したこと・習得したことは、大学院卒業後にどのような研究者になるかを大きく左右するように思います。

私は、2005年4月から2008年3月までの3年間、ドクター21奨学生として吉田育英会からのご支援を受けておりました。月日が経つのは早いもので、奨学生を卒業してちょうど10年となり、今年の3月には新奨学生の皆さんの奨学生証授与式後の懇親会にご招待頂きました。今回、記事執筆の機会を頂きまして、ドクター21奨学生当時を振り返りながら、現在および未来のドクター21奨学生の皆さんに、私の経験をお伝えできればと思います。



奨学生証書授与の様子(2005年5月)。
研究で海外に滞在していたため授与式に出席できず、
個別に授与の場を設けて頂きました

まず、私が博士課程を過ごした3年間は、吉田育英会からの経済的な支援がなくては、全く違ったものであったと思います。私は、なかなかな「苦学生」でしたので、学部生から修士課程にかけては、控えめに言っても、かなり多くの時間をアルバイトに割いておりました。もちろん、そうした経験から得られたことも多かったのですが、博士課程では奨学金を頂いたおかげで、研究に集中する環境に身を置くことができました。特に、博士課程では、国内外での学会に参加・発表していくことが不可欠になりますので、学会参加のために必要となる時間的な自由が得られたことは大変ありがたいことでした。研究室の先輩・後輩と夜が明けるまでプログラミングしたり論文を執筆したりするなど、ちょっとブラックな経験も、時間的な余裕があればこそできた貴重な経験でした。


後輩の皆さんには、博士課程では、なにごとにも積極的に取り組み、多くのことを経験することをお勧めします。博士課程の学生は、研究室の中では、学部4年生や修士課程の学生と比べると「お年寄り」ですが、自分で研究を企画して進めることが求められるようになるという点では、一人前の研究者に向けて歩み出す頃に当たると言えます。この時期に経験したこと・習得したことは、大学院卒業後にどのような研究者になるかを大きく左右するように思います。私自身は、この時期に、海外インターンシップを経験し、そこで一通りのソフトウェア製品開発のノウハウを身に付けましたし、英語での会話も最低限はできるようになりました。考えてみれば当たり前なのですが、ソースコードを変更する度に、膨大な数のテスト項目についてテストが行われます。このようなことも、研究室で小規模なソフトウェア開発をしているだけではなかなか経験できないことでした。また、私の所属研究室では、後輩学生が多かったこともあり、学部4年生や修士課程学生に研究の説明や助言をすることが多くありました。この経験は、現在の高専教員という進路を選択する一つの要因にもなりましたし、高専で学生に対して分かりやすい授業をしたり、個々の学生のレベルに合った研究指導をしたりする際に、非常に役に立っています。逆に、私の研究室では、出張申請などの事務手続きは研究室の秘書の方が行うことが多かったため、今でも、各種事務手続きは苦手です。もちろん人は何歳からでも新しいことを学ぶことはできますが、駆け出しの研究者である博士課程の頃は、様々なことを先入観なく吸収できますので、この時期に研究者として多くのことを経験することが重要かと思います。


富山方面への研修旅行(2006年8月)での一場面


多くの会友の方がそうであるように、私も、吉田育英会の交流行事は楽しみにしており、都合のつくときには参加するようにしていました。奨学生証書授与式後の懇談会、YKK60ビル屋上からの隅田川花火大会の観覧、黒部工場の見学と北アルプス観光に参加したことは今でも覚えています。これらの行事を通して、ドクター21だけではなく、それ以外のプログラムも含めて、奨学生の皆さんは、高い目標を持って意欲的に活動されている方が多く、大いに刺激を受けました。先日、懇談会に参加した際に、10年前と変わらない活き活きとした若い奨学生の皆さんを見て、当時の交流行事の雰囲気を懐かしく感じました。交流行事を通して、異なる専門分野、異なるプログラム、異なる年代の奨学生と会友が交流することによって、吉田育英会の奨学生がグループとして持つユニークな良い雰囲気が醸成され、伝えられているのだと思います。私も、会友として、このつながりを大切にしていきたいと思います。個人的には、会友の横山佐紀様のご案内で国立西洋美術館を見学したことが印象に残っています(メールを掘り起こすと、2007年のことだったようです)。これを機に、素人ながらに西洋絵画を見るようになり、海外出張時には、空いた時間に現地の美術館を訪れることを楽しみとするようになりました。些細なことですが、これも、奨学生交流の一つの成果と言えるかもしれませんね。


高専で開発した回路教材の例。
パソコンの心臓部であるCPUを学生実験用に非常にシンプルにした回路です


最後に、本記事を読まれる会友の方、特に、同時期に奨学生としてともに研究に励まれた方々に、近況をお伝えしたいと思います。私は、現在、石川工業高等専門学校で教員として勤務しています。主に15歳~20歳から成る5学年の学生を相手に授業をしたり、5年生に卒業研究を指導したりしていますが、サッカー部の顧問として審判をすることもあります。現在の状況は、奨学生採用面接でお話した通りでもありませんし、10年前に想像していたわけではありませんが、奨学生時代に経験した様々なことが活かされていると感じます。高専教員として若い技術者を育成することを通して、奨学生時代に頂いたご支援に少しでも報いることができていれば大変嬉しく思います。


私の博士課程時代の経験と吉田育英会との関わりについて、徒然なるままに書きました。現在・未来の奨学生の皆さんに、少しでも役に立つことがあれば、また、少しでも吉田育英会の良さが伝われば、大変に幸いです。奨学生の皆さんには、是非、大学での研究を通して多くのことを経験して、研究者としての方向性をじっくり考えて頂ければと思います。奨学生としての自覚を持ちつつ、吉田育英会からの支援や奨学生間の交流を活かして、有意義な学生生活を送られることを願っております。


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