印刷する

ブログ

2018年01月16日

マスター21から公務員になって

鳥居 敬司 マスター21/2005年度採用 奨学期間:2005年4月~2007年3月
奨学期間中の在籍大学:京都大学大学院農学研究科 修士課程

(とりい けいじ)
2005年3月 京都大学農学部食品生物科学科 卒業
2007年3月 京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻 修士課程修了
2007年4月 特許庁 入庁
現在    特許庁 審査第三部 生命工学 審査官

私が特許審査官として現在充実した日々を送れているのは、多様な価値観に触れつつ充実した研究生活を送ることのできた院生時代があったからです。奨学生の皆様には、吉田育英会が与えてくれる環境を最大限活用して、将来につなげていただきたいです。


WIPO(世界知的所有権機関)から望むジュネーブ
 私は修士課程の2年間、マスター21として、吉田育英会の充実した温かいご支援をいただきながら過ごしました。今回、ブログへの寄稿というたいへん貴重な機会をいただきましたので、マスター21時代を振り返りつつ、近況などを簡単に報告させていただきたいと思います。現在及び将来の吉田育英会奨学生の皆様にとって、わずかでもご参考になるところがあれば幸いです。なお、本記事は、個人の資格で執筆されたものであり、特許庁の公式見解ではございません。

1.マスター21時代のこと
 学部4回生時に吉田育英会のマスター21に応募して、とても緊張して事務局の面接室に伺ったことを今でもよく覚えています。私は当時から、将来は公務員になって公のために働きたいという希望を持っており、社会に貢献したいという意欲だけは伝えられた記憶がありますが、周りの応募生を見わたすと、当然のことながら研究者・研究職志望の方が多かったですし、面接官の先生からの「国家公務員にとって最も大切なことは何だと思う?」というご質問にうまく答えられた気がしなかったこともあり、きっと不採用だろうなと半ば諦めておりました。そんな私でもマスター21として採用していただけたのですから、吉田育英会の懐の深さには感謝してもしきれません。

 農学研究科食品生物科学専攻という名前に似つかず、私が所属していたのは有機合成系の研究室でした。私の研究テーマは、プロテインキナーゼC(PKC)の各サブタイプに特異的に結合する新規低分子化合物の有機合成で、今は分かりませんけれど、少なくとも当時は、有機合成というと力仕事のイメージがありました。有機溶媒の入った一斗缶を担いだり、反応溶液を何度も何度も精製カラムにかけたりしたことを懐かしく思い出します。
 研究手法としての有機合成は、ご存じのとおり、薬学研究科や理学研究科、工学研究科などで広く採用されていますので、学会発表の場では、異なる研究フィールドにいる方々と交流することができました。一方で農学研究科内に目を向けると、例えば、細胞や実験動物を用いてある食品成分の機能や作用機序を遺伝子レベルで解明するといった研究も行われており、多様な価値観に広く接することのできる環境に身を置けたことは、とても有益だったと思っています。

 マスター21の奨学金があったおかげで、修士課程在学中は学費の心配なく、研究に全力で打ち込めましたし、全力で打ち込んだからこそ得られた知識と経験は、私にもやはり確実にあります。皆様の多くと同じように(多分)、学部生時代は私もバイトやサークルに熱を入れていたのですが、社会人の今こうして振り返ってみると、修士課程在学中に、たとえ一時期であったとしても、研究だけを考えればいい生活を送らせていただいたことは、学部生の頃の経験とは全く異質のものでしたし、何ものにも代えがたい経験であったと感じています。

2.国家公務員-特許審査官-になって
 修士2回生の春に国家公務員試験を受けて、官庁訪問の末、特許庁への入庁が決まりました。特許庁を志望した理由は、私がマスター21時代に得た知識と経験を最大限生かすことのできる職場だと確信したからです。このブログをご覧の皆様には、特許庁に馴染みのない方も多くいらっしゃると思うので、ここで簡単に特許審査官の仕事内容をご紹介します。特許庁の技術系総合職採用案内(2017版)には、以下のように書かれています。
 「特許制度は、新たな技術などに対して独占権を与えて保護することにより、新たな創作意欲や研究開発を促進するとともに、出願された技術情報を一般公開することで、重複研究を防ぎ、新たな研究のヒントを与えることなどを目的としています。
 特許審査官は、世界各国の出願人から受け付けた発明について、技術的観点、法律的観点などから厳正に審査し、独占的な権利を付与するか否かを判断することを通して、特許制度の一翼を担い、日本の技術開発を支え、産業の発達に寄与しています。」
 私は現在、主に化学関係の発明を扱う審査第三部の生命工学という審査室に所属しており、特許審査官として、バイオテクノロジー全般及び食品関係の特許出願を審査しています。言うまでもないですが、出願内容の理解と的確な先行技術文献調査には、発明を理解するための専門的な土壌や相場観が必要で、私にとってそれらは、マスター21として研究生活を送っていた頃に得たり感じたりしたものでした。
 国際特許分類に関する国際会議に出席する機会もありました。特許の世界における国際的なハーモナイズやワークシェアリングの試みは決して新しい話ではありません。日本国特許庁を代表して意見を述べ、外国特許庁のデリゲーションと顔を付き合わせて交渉することは、特許審査とは別の苦労も多かったですが、非常に刺激的で良い経験になりました。
 国家公務員と一言でいっても、その仕事内容は千差万別ですが、理系大学院を修了した私のような者が、その専門的知見を国家公務員として生かしたい時に、特許庁は1、2を争う魅力的な職場ではないかと思います。

3.最後に
 マスター21面接時の「国家公務員にとって最も大切なことは何か」という問いに対しては、現時点の私も確信の持てる答えを見いだせておりません。ただ、特許審査官の視点から一言申し上げるとすれば、「視野を広く持ち、フェアであること」は大切かなと思います。出願人(発明者)の方々の研究成果に対して特許権を付与する、あるいは付与しないという判断を下すことは、出願人の方にはもちろん、社会にも非常に大きなインパクトがありますので、出願人側の主張と第三者側(先行技術又は社会)の主張との調整に、高度なバランス感覚が求められます。特許の審査は1件1件、技術的なポイントも背景も経緯も、全ての要素が本当に様々で、良い意味でルーティンワークがありません。私は特許庁に入庁して早12年になろうとしていますが、新たな特許出願の審査に着手する度に新鮮な気持ちを抱きますし、同時に、適切なバランス感覚を保って妥当な判断を下すことに、いつも難しさを感じています。それでも私が特許審査官として現在充実した日々を送れているのは、多様な価値観に触れつつ充実した研究生活を送ることのできた院生時代があったからであり、これは、マスター21としてこの上なく素晴らしい環境を与えてくださった吉田育英会のおかげに他ならないと思っています。これから吉田育英会の奨学生となられる皆様、そして現在奨学生であられる皆様におかれましては、吉田育英会が与えてくださる環境を最大限活用して、将来につなげていただきたいです。

本記事はコメントが許可されておりません。

※寄稿者の状況および記事の内容は、特に記載のない限り、掲載日時点のものです。