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ブログ

2016年01月22日

研究者としての12年間を振り返って思うこと

脇田 潤史 マスター21/2005年度採用
ドクター21/2007年度採用
奨学期間: (マスター21)2005年4月~2007年3月、(ドクター21)2007年4月~2010年3月
奨学期間中の在籍大学: 東京工業大学大学院理工学研究科
現所属: 東レ株式会社

(わきた じゅんじ)
・学生時代(学士~博士)の研究テーマ「耐熱性高分子(ポリイミド)の凝集構造と光物性の解明」
研究テーマの目的: ポリイミドの光学材料への適用を検討する上で必要不可欠な基礎的かつ重要な知見である、高分子鎖の繰り返し単位の化学構造、立体構造、及び分子間相互作用が光吸収特性、蛍光特性、屈折率、複屈折等に与える影響を明らかにすること。
・会社での経歴
2010年4月~2015年11月: 電子情報材料研究所(滋賀)
半導体やディスプレイなどの電子機器に用いられる新材料の研究開発、新規加工プロセスの研究開発、顧客への技術サービス
2015年12月~現在: 研究・開発企画部(東京)
大型テーマにつながる新規研究テーマの企画

研究室に配属されてから現在までの12年間を振り返り、①博士課程で得たこと、②海外の学生との交流、③会社での研究開発で求められること、④人間関係の大切さ、についてお話させていただきたいと思います。私の経験が、皆さんが今後の進路を考える際の参考になれば幸いです。

 はじめまして。吉田育英会マスター21、ドクター21OBの脇田潤史と申します。早いもので、大学4年生で研究室に配属されてから12年が経過しようとしています。12年間といえば、小学校から高等学校の期間と同じであり、私の研究者としてのこれまでの歩みも似たようなものであります。研究者としての基礎を学んだ学生時代(学部~博士)、技術者としての基礎を学んだ新人時代(1年~3年目)、若手中堅層としてのチームの中心として活躍することが求められる現在(4年~6年目)を振り返ると、研究者としての、小学校から高等学校を過ごしたかのように思われます。
 この記事を読んでいただいている方は、今後の進路等について考えておられる、学部4年生や修士課程の学生さんかと思います。皆様よりも少し早く社会に出た先輩として、少しでも皆さんのお役に立てればと思い、この12年間での経験やそれを通して感じたことを紹介させていただきます。

(1)博士課程へ進学することで得たこと
 博士課程進学によって一般的に得られることは、特定の分野への深い理解、研究課題を自分で解決し成果(論文、特許等)としてまとめる力、研究チームを引っ張っていくマネージメント力などが挙げられると思います。私もこのようなことを学ぶことができ、現在の業務に役立てています。しかし、私にとっては、①「自分の中で考え尽くしたら、自分が心からしたいことを選択する」という人生における判断基準、②1つのことをやり遂げることで得られる成功体験、の2つが博士課程進学によって得られた貴重なものです。
 1つ目の「自分の中で考え尽くしたら、自分が心からしたいことを選択する」を私の判断基準に決めることができたのは、博士課程進学を決めた修士1年の冬のことでした。その頃の私は、採用で不利になる博士課程に進学するよりも、修士卒で就職したほうがよいと考えていました。また、博士課程までやり切ってみたいという気持ちもありましたが、「学位を取れるわけがない」、「3年間で取得できなかったら、就職先が無い」などと考え、逃げの姿勢に徹していました。このよう考えを研究室の先生との面談で話したところ、「君の考え方ではリスクから逃げるだけの±0のような人生しか歩めず、何かを生みだすことはできない。つまり、この先の人生も±0であり、生きているだけで地球に負荷を与えるのだから、君の人生はマイナスの価値しかない。」、「この先どうなるかなど、いくら考えても分かることではない。そのようなことを、いつまでも考え続けることは無駄である。」など、厳しいお言葉をいただきました。また、父からも「今の中途半端な考えで就職しても、仕事がうまくいくとは思えない。自分が本当にしたいようにしなさい。」とアドバイスをもらいました。これらの言葉を受け止めることで、私は良い意味で開き直ることができ、「就職と進学のメリット/デメリットを考え抜いたのだから、自分が本当にしたい方を選択しよう。自分が本当にしたいことであれば、その先に困難なことが起きても後悔せず、前を向いて乗り越えられるはずだ。自分が修士卒で就職したい理由は、リスク回避の理由ばかりで、前向きな理由が何も無い。一方、博士課程に進学すれば、今やっている研究課題を極めることができるのではないか。これまでの人生、リスク回避で何事も成し遂げられなかった自分を変えるチャンスなのではないか。」と考えるようになり、博士課程への進学を決めることができました。この経験から、「自分の中で考え尽くしたら、自分が心からしたいことを選択する」という判断基準を持つことができ、その結果として、様々なことに前向きにチャレンジすることができるようになりました。自分の気持ちに嘘をつかないことで、後悔の無い人生を送れるのではないでしょうか。
 2つ目の「1つのことをやり遂げることで得られる成功体験」については、学位を取得した経験そのものです。上述のように、修士課程までの私は、リスクを回避するばかりで、何かを成し遂げた成功体験がありませんした。自分を過小評価し、自分の可能性を自分で握りつぶしていたのです。私の好きなマンガの一節に次のようなものがあります。「大人になると、天井のシミがはっきり見えてくるように、自分の限界を感じ、そこで成長を止めてしまう」。まさに私は、天井ばかり見て、その外側にある無限の空(=可能性)を見ないようにしていたのです。博士課程では、自分で研究課題を設定し、実験し、成果にまとめるという、技術者/研究者に必要不可欠なスキルを磨くことができました。学位を取得できたこと自体が成功体験となり、技術者/研究者としての自信を得ることができました。会社での研究開発というのは、一見すると解決が困難としか思えない課題が多いです。経験に裏づけられた自信があるからこそ解決不可能と決めつけず、解決できると信じて研究開発に取り組むことができるのだと思います。

(2)海外の学生との交流
 博士課程在籍中には、海外の方と交流する機会を持つようにしました。例えば、吉田育英会の留学生の方々との研修旅行への参加、国際学会への参加(単独)、研究室の短期留学生との交流、韓国への短期留学などです。この中でも、特に思い出深いものが、韓国への短期留学(3ヶ月間)です。
 私は韓国のポハン工科大学に滞在して、共同研究を行う機会を得ることができました。研究に取り組んだのはもちろんですが、それ以外にも、食事会、飲み会、スポーツ、観光、旅行、買い物など多くの時間を、同世代の韓国の仲間と過ごすことができ、非常に楽しい毎日でした。ラボの学生と仲良くなるにつれ、悩み事を相談されることもありました。1時間以上話をして、その後もメールを交換するなどしました。おそらく、部外者だからこそ相談しやすかったのでしょう。まさか外国人の私に相談してくるとは夢にも思っていませんでしたが、私のことを信頼してくれたことが嬉しかったですし、海外でもやっていけるのではと自信にもなりました。
 マスコミで報道されているように、日本と韓国の間には政治的な問題があり、両国の関係にしこりがあることは否定できないと思います。そのため、渡航前には、韓国の大学に滞在することに、多少の不安があったのも事実です。しかしそれは杞憂に過ぎませんでした。研究室の学生と、「過去に囚われ続けることなく、我々の世代は未来に向かって関係を築いていこう」と誓いあうことができたことからも、国家レベルでの関係と、個人個人には関係は無関係であり、仲良くなることはできるし、信頼関係を構築することができるのだと身をもって知ることができました。さらに、「会話による相互理解」の重要性を学ぶことができました。
 これから修士、博士課程に進学される皆さんも、数ヶ月程度の短期間でもよいので、海外の大学に滞在して、同世代の仲間との交流を経験してもらいたいと思います。


韓国滞在中に実験を行っていた施設

研究室(韓国)のメンバーから貰った物

(3)会社での研究開発で求められること
 会社での研究開発では、複数の知識や技術が要求されます。材料開発を行う際には、お客様から要求される多くの材料特性を満たすことはもちろんですが、お客様のプロセスへの適合性、材料の経時安定性、材料/製造コスト、原料や材料の有害性、製造時/使用時の環境負荷、知的財産など、多くの項目を満足する必要があります。また、会社での研究開発テーマは、お客様のニーズや会社の方針によって、大きく変わることが当たり前です。そのため、突然全く知らない分野の研究を命じられることもあります。このような中で、私は下記のことが技術者に必要だと考えています。
 1つ目としては、学生時代に自分の周辺技術にも興味を持ち、最低限の基礎知識を得て、全く知識の無い人にも、最低限の説明ができるようになることです。学生時代には専門領域を深く掘り下げることを優先しなければならないため、専門外の技術の知識を得るのは難しいかもしれません。そこで、例えば、研究室の他の先輩や他のグループが行っている研究内容についても理解することから始めてはいかがでしょうか。私の場合は、ポリイミドの光吸収/蛍光特性/量子化学計算/斜入射広角X線散乱などが自分のテーマでしたが、先輩や後輩のテーマであった、屈折率/ナノ粒子/表面プラズモン/固体NMR/線熱膨張/高分子の緩和現象/熱拡散率などについても、基本的な知識を得ることができました。自分では初歩的な知識と思っていましたが、お客様のからの要望等などで、上司や同僚に説明を求められるケースも多くあり、グループ内での自分の存在意義を示すことができたと思います。
 2つ目としては、自分の専門に拘らないことです。新入社員として配属された時やテーマ変更を命じられた際に、過去のテーマや自分の専門に拘ることなく、「新たなテーマへ挑戦できる」、「知らなかったことを学べる」など、前向きに取り組める気持ちが大切だと思います。また、テーマが変っても、研究の進め方が大きく変わることはありませんので、それまでの経験を生かして研究を進めることができる対応力も大切だと思います。
 3つ目としては、詳しい人の教えを請うことです。自分の力だけで全ての問題を解決することはできません。周囲だけでなく、その問題に詳しい方の助言や助けを素直に請うことが大切だと思います。特に企業の場合、技術の自前主義は過去の物になりつつありますので、自社で解決することに拘り過ぎないことが大切だと思います。

(4)人間関係の大切さ
 会社では、年齢や立場の異なる多くの方々と協力して業務を進めていく必要があります。自分ひとりでは、業務を遂行することはできません。「協力する」ということは、何かをお願いしたり、お願いされたりすることだと思います。その際に、相手の方と仲が良かったり普段からお喋りする関係であったりすると、多少の無理なお願いでも協力してあげようと思えますし、協力してくれたりします。多少、顔見知りであるだけでも、面識が全くない場合よりもプラスになります。業務上のお願いであれば、「面識の有り無しなど関係なく協力してもらえるはず」と思うかもしれませんが、自分がお願いされる立場で考えたらどうでしょうか。面識の無い人にお願いされる場合よりも、親しい友人にお願いされた場合の方が、協力したいと思えるのではないでしょうか。自分の職場内では、周囲の方々とのコミュニケーションを大切にしていますし、親睦行事(スポーツなど)にも参加するように心がけていました。また、業務上でも積極的に他の部署の方とつながりを持つように心がけ、人脈を広げられるようにしています。

 拙い文章で恥ずかしい限りですが、少しでも皆さんの参考になれば幸いです。吉田育英会では、現役生とOB/OGとの懇親会の機会もございます。いつかお会いし、お話しさせていただけることを楽しみにしております。

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