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2011年09月02日

私と吉田育英会との関わり

富松 宏太 マスター21/2004年度採用 奨学期間: 2004年4月~2006年3月
奨学期間中の在籍大学: 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程
現所属: 住友金属工業株式会社

(とまつ こうた) 2004年、立教大学理学部物理学科卒業。2006年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。2009年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了、学位(理学)取得。住友金属工業株式会社に入社。専門分野は表面物理学。現在は、鉄鋼会社にて表面解析の研究業務に従事。

現在充実した研究生活を送れているのは、多くの人々の支えがあったからです。壁にぶつかり、心折れそうになることもあるかもしれませんが、目標に向かって真剣に取り組めば、きっと良き出会いがあり、明るい道が開けるはずです。

○吉田育英会との出会い
立教大学の学部時代、卒業研究の指導教授から奨学金「マスター21」の話を持ちかけられたことが、私と吉田育英会との出会いでした。当時、私は、卒業研究のテーマであった表面物理学と呼ばれる分野を、大学院でさらに学んでみたいと考えていました。その想いを教授が汲み取ってくれたことが、このような嬉しい話をいただけた理由の1つかと思います。一方で、私の所属していた学科からは、3年に一度しか奨学生の推薦ができず、入学が1年ずれていたら、奨学生には採用されませんでした。関心のある研究テーマを見つけられたこと、面倒見のよい教官に出会えたこと、いいタイミングで入学し卒業できたこと、吉田育英会との出会いは本当に奇跡だったと言えます。

○吉田育英会に支えられた修士課程
大学卒業後は、希望通り、東京大学大学院の表面物理学の研究室に進み、博士課程を修了するまでの5年間、そこで学生生活を送りました。このうち修士課程の2年間、「マスター21」奨学生として吉田育英会から支援をいただきました。
意気込んで大学院に進んだものの、この修士課程の間は本当に苦労の連続でした。大学院は最先端の研究を行う場所。右も左も分からない駆け出しの自分にとって、先輩や研究員の方から見聞きすることは知らないことばかりだったからです。仕事は捗らず、自分は本当に研究者に向いているのだろうかと、目的を見失いそうになることもありました。
そのような状況において、吉田育英会は、粘り強く研究を続けられる環境を提供してくれました。実家から研究室のある研究所までは片道2時間半、とても実家通いでは研究に没頭できる環境ではありません。しかし、吉田育英会からの奨学金で学費を全額支払えたことで、研究所の近くにアパートを借りられ、終電時間を気にすることなく実験することができました。また、私の所属した研究室では、学会・研究会の参加・宿泊費は学生自身で負担するのが決まりごとでした。吉田育英会のおかげで、金銭を気にすることなく、間近で最新のトピックを聴講することもできました。その結果、少しずつですが、学術世界における自身の研究の位置づけが分かり始め、問題意識も高まってきました。

○研究での大きな発見
研究に大きな進展があったのは、修士論文を執筆し終えた頃です。私の大学院での研究テーマは、ゲルマニウムという物質に不純物原子を蒸着し、その表面の原子構造や電子状態を実験的に調べることでした。研究を始めた頃は全く想像できなかったのですが、この表面で原子を用いた極小の電子デバイスが実現し、しかも、重要な物理現象を検証できるということが分かったのです。そこで、指導教官に進言し、広く研究者に読まれている雑誌に、この研究成果を論文投稿することにしました。そして、博士課程1年のとき、自身が執筆した論文が、科学者ならば一度は憧れる「Science」という雑誌に掲載される機会に恵まれました。
さらに、この成果が一つのきっかけとなり、重要な研究パートナーにも出会うことができました。彼は、中国の最高学府である清華大学の博士学生で、偶然一緒になった研究会で私の発表を聞いて、実験の理論検証を申し出てくれました。経済成長著しい中国では、学生の勉学に対する向上心も非常に強いものがあります。同年代の彼からは計算結果だけでなく、モチベーション向上に良い刺激ももらって、さらに研究を発展させることができました。優秀なパートナーとの共同研究のおかけで、博士課程3年のときには、国際会議の招待講演を依頼され、滅多にない貴重な経験もすることができました。また、大学院生活の集大成である博士論文は、期せずして、所属する専攻で賞をいただくことにもなりました。
もし、これまでに、研究に勤しむ時間がなかったら、大きな発見のきっかけとなった実験データを取れませんでした。また、学会や研究会に参加できず最新の研究を知らなかったら、これらのデータの重要性を見過ごすところでした。博士課程3年間は、研究者として大きく成長し、本当に充実した時間だったと感じます。その原点には、修士課程の恵まれた環境があることは違いなく、吉田育英会は私にとって本当に大きな力となりました。

○鉄鋼研究の道へ
学位取得後は、鉄鋼会社の研究所で人生を歩むことにしました。アカデミアを離れて民間企業への就職を決めたのは、もっと直接的に社会に貢献できる研究をしてみたかったから、生産性や知的財産など多角的な知識が必要とされる場で切磋琢磨することにより、さらに深みのある研究者を目指したかったからです。
現在の研究テーマは表面解析技術を駆使して、鉄鋼材料への水素影響を調べることで、大学院で学んだ経験・知識が大いに活かされています。鉄鋼製品開発の方向性に、より高強度の鋼材をつくることがあります。しかし、高強度鋼は水素が入ると容易に割れてしまうのが決定的な弱点です。水素に強い鋼を材料設計することができれば、例えば、少ない量で高い強度が得られるため、自動車ボディーの軽量化・燃費向上に繋がり、地球温暖化問題に貢献できます。また、より深度から石油や天然ガスを採掘可能な鋼管を製造できるため、エネルギー資源の枯渇を大きく先延ばしすることが可能です。鋼中の水素挙動は大変複雑で難しい研究課題ですが、その分、社会への影響が大きく、とてもやりがいのある仕事です。いつの日か、研究成果が製品に反映され、社会に役立つことを夢見て、企業研究者として日々切磋琢磨しています。

○奨学生へのメッセージ
現在、忙しいながらも充実した研究生活を送れているのは、吉田育英会の皆様を初め、恩師や研究仲間に巡り合い、それらの人々の支えがあったからです。自分ひとりの力でできたことは、殆どありません。巡り合いは、自分の意思でどうにかなるものでなく、その意味では、私は本当に運が良かったと言えます。しかし、目標に向かって勤しんでいなければ、指導教官から奨学金の話はいただけなかったですし、研究パートナーに出会った研究会に出席することもありませんでした。学生時代は気に留めませんでしたが、過去を振り返ると、運はひた向きさがなければ呼び寄せられず、また掴めないものであるとつくづく感じます。
このような想いから、奨学生の皆様には、目標に向かって愚直なほど真剣に取り組んでもらいたいと願っています。壁にぶつかり、心折れそうになることもあるかもしれませんが、きっと、自分にとってプラスになる良き出会いがあり、将来に明るい道が開けるはずです。
吉田育英会の一OBとして、奨学生の皆様のご活躍を、いつかどこかで耳にすることを楽しみにしています。応援しています、頑張ってください!

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